生前にお墓を用意しておく方の話はよく聞きますが、葬式を自分で用意して旅立った方の話はあまり聞かないように思います。
私の母は旧家の出身で、母の実家にはとても立派な仏壇がありました。
何でも藩主より頂いた品と言うことで、一族の自慢の種の一つではありましがご先祖の法要での取り扱いはもちろん普段の掃除や管理までとにかく細々と大変なことも多く、これらのことを「お仏壇のお守り」を称して一族であれこれと揉めつつ継続していたようです。
同じ様に、葬式についても細々としたやり方があったようです。

母自身は跡取りでなく、結婚した相手も次男であったためそういった決まった葬式の流れはない暮らしを送っていた母ですが、自身の余命がいくばくかもという時期になって自分のための仏壇を選び始めました。
父母亡き後は一人娘の私が二人の葬式をすることになるので、
本来なら私(というか私たち夫婦)が考えるもののようにも思っていましたし、
自分たちの両親のためにできる最後のことなので、あまりに私たちの想像と困ると危惧していました。
母が考えた葬式はとても「シンプル」なもので、ごくごく一般的な葬儀でした。

母の旧家でとりおこなわれた葬式とは比べるまでもなく、私たちの住まいにも、家計事情にも無難とよべるものでした。
始めは私たちに遠慮してこのような形式を選んだのかと思っていましたが、母が言うには、とにかく実家のお葬式の段取りが身に染みていて、結婚後に体験したシンプルな葬式がいかにスムーズな物かと思ったそうです。
しかし、やはりただシンプルなだけでは、親族にも面子があるわけですから
代わりにひろい仏間を用意し、いつもきれいな花を飾り、人が大勢はいっても問題無いようにしました。

また、父と母が亡き後、私たち夫婦への負担を考えると仏壇に入らないという遺言を残すことも考えたそうですが、やはりそれではあまりに寂しいと考え、自分なりに納得のいく、これなら娘にも負担にならないだろうという仏壇を生前に用意することに決めたそうです。
仏壇を仏壇として使うときには本来「魂入れ」が必要なのですが、戒名も生前に用意した父母は、この仏壇にも魂入れを行い、自分たちの死後になるべくシンプルにことが運ぶようにと用意してくれました。

母亡き後私たち家族と同居している父は、毎日母のモダンな仏壇に手を合わせ、お線香代わりのアロマオイルを焚いて母との思い出に浸っている様子です。
そして私は毎朝生前母が好きだったお紅茶を入れてお供えし季節のお花を欠かさないようにしています。
自身が自信のお葬式について考える、それはごく少数の考えかもしれませんが、私は遺言のひとつだと感じます。