私が子供の頃は、まだ仏壇はありませんでした。
祖父母の家にもあったのかどうか記憶にありません。
私が初めて仏壇というものを身近で見たのは父が亡くなってからでした。
大きすぎず小さすぎず、とても綺麗な仏壇でした。
見ていると、何だか寂しい気もしました。

「仏壇が家にある=誰か亡くなった家族がいる」・・と、言うこと。
父は私が中学生のときに事故で亡くなりました。
顔は確認できないほど酷い状態でしたので、私は父の死に顔は見ていません。
だからでしょうか・・・父の死が実感わかなかったのです。
仏壇があるというのは父はもういないのだと告げられている気がしました。
仏壇が届くと母は父が好きだったものを供えました。
まずよく飲んでいたコーヒー。
そしてお花も供えました。
生きている時と同じように大好きだった食べ物を供えました。
父が使っていたお茶碗にご飯をつぎ、母は「ご飯やで~食べや。
」といって供えます。
よく吸っていた、タバコも供えます。

ある日、仏壇が出来てから、父の会社の上司の方がお供えを持ってきてくれました。
それは父が好きだったプラモデルと、取引先の近くの湧き水でした。
会社の方が言うには「コレを使ってコーヒーでも入れてやってください」とのこと・・・。
そういえば、父に連れられて湧き水をくんできた記憶があります。
会社の方も父がコーヒーが好きだったことをよく知っていました。
早速母は父の為にコーヒーを入れました。
仏壇にお供えすると、「お父さん喜んでるわ・・・」と、小さな声で母は言ってました。
私がお嫁に行き、主人の実家に暮らすようになった時のこと・・。
主人の実家のお仏壇に手を合わせた時、気になることがありました。
お仏壇が汚れていたということです。
お茶を入れるお盆も、ホコリだらけだし、お供えのお菓子もずっと同じもの・・。

なんだか、ご先祖様が可哀想な気がしてきました。
だけど、お仏壇の手入れをしているのは義父母なのであまり手出しは出来なかったのです。
ある日、義父母が旅行で留守にするので仏壇の花の水替えをお願いされました。
もちろん引き受け、その留守の日はお茶を置く為のお盆も綺麗にして、お仏壇の上にお菓子を置いている場所も綺麗にしてあげました。
喜んでくれると嬉しいなっていう気持ちをふと感じたときに、「あ~・・・父もきっと天国にいても私達家族を見守ってくれているんだろうな」って思いました。
父が大好きだったものを供えるのは、きっと父がそばにいてくれてると感じているからだと思います。
お仏壇はただあるだけでなく、父やご先祖様を繋ぐための物のような気がします。
いつか私の娘達も同じような気持ちになってくれたらと思います。